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健工館ってなぁに?
 
概要 健工館ができるまで 地域に根付いた活動について
 
 
*原点
99年11月自転車置場竣工記念入校直後の自己紹介で、「前職の経験と本校で学ぶ技能を生かして、高齢者に喜んで貰える仕事がしたい」と、山崎暉夫のえらい高邁な入校動機。「例えばどんな?」の間いに、「お年寄りがハンガーを掛けようと壁に釘を打ったが、薄いベニヤで洋服を掛けたら落ちてしまった。我々がセンサーで間柱を探し、そこに釘を打って喜んで貰い、300円ぐらい頂く」との答え。
これが次第に賛同者を増し、発起人会へと繋がってゆき、紆余曲折を経て、奇しくも217年遅れのアメリカ独立記念目、2000年7月4目に健工館が誕生した。
 
 
*住宅サービス
法人名の頭に、「住宅サービス」を名乗るのは、組合員すべてが埼玉県立大宮高等技術専門校住宅サービス科平成11年度の終了生だからです。クラスメート21名の内の7名(女性1名、男性6名、七福神ですね。31〜62歳、平均55歳)で設立致しました。
00年3月平成11年度終了式記念
 
 
*"生みの親"は、埼玉県立大宮高等技術専門校
当時の新井校長、大塚訓練課長、担任の延寿寺先生をはじめとする諸先生方、建築の本郷、落含、野尻、村井先生、塗装の会田先生、電気の川島、田島先生、表具の林先生など校外講師の諸先生方すべてが、我々の希望を温かく理解し、非常に積極的な御指導御支援を頂いた。
玄関に掲げるのは校訓「研技尽社」の額。「技を研いて杜会に尽くす」、これが健工館のモットーとなった。
「電話一本くれれば、うちの現場を放り出してでも助けに行くから」と励まして下さった校外講師の先生方(=県内各業界のお歴々)、夏は西瓜、冬は蜜柑を下げて事務所を訪ねて下さった校長先生、先輩達にPRしては連絡を頂いた延寿寺先生、等々熱い御支援の数々で健工館は生まれた。
00年12月毎年恒例 同級忘年会
 
 
*"育ての親"は、埼玉県中小企業団体中央会。
当時の事業部組識課主事の桃木様をはじめとする皆様方すべてが、我々の「クラスメートが縦の関係でなく、平等な横の関係で」の希望を叶えるべく、「企業組合」と言う形態を選び、発起人会・創立総会・設立認可申請・設立総会などの書類作り・手続きなどすべてを進めて頂いた。その後の指導・支援・PR等も過分極まるものであった。「紹介されたメデイア」欄を御覧頂きたい。「何とか売り出してやろう」と言う情熱が満ちみちている。
00年5月事前協議ヒヤリングの県、中央会の皆様00年6月設立総会の桃木様
 
 
*「企業組合」とは
企業組合とは
企業組合とは
 
 
*健工館
大工さんの奏でるトンテンカンでも良かったのだが・・・・・。
設立時、31歳の女性と51歳の男性を除くと、57・58・59・61・62歳の早期勧告退職ないし定年退職者が中心である為、「第二の人生を、健康で楽しく、工事を続げたい」との願いをこめて“健工”、「縁有って一緒になった先生・級友との溜まり場、やがては高齢者の憩いの場」となればとの願いで“館”と名付けた。
01年11月組合員宗守久雄氏の闘病歓迎会
02年1月年頭恒例の安全祈願
01年3月リクルート社 週間「ガテン」の取材
 
 
*配偶者(妻)等の理解、協力
起業の話が出てから設立まで約1年かかりました。
設立準備委員会を設置し多数の希望者が参加し、資金のこと、技術面の問題、お客が獲得出来るのか等、種々の角度から検討を重ね、当初の壮大な計画はかなり縮小されましたがそれでも生活のことや、家族の反対などの問題は解決されず2人3人と抜けてゆき、最終的に、不安はあるが何とか出来るだろうと決意した7名が残り、設立に至った。
 これには影で理解を示し、協力してくれた家族、配偶者があっての結果だと思われます。そこで設立の晴れ舞台でこれまでの経緯を説明し、設立に漕ぎつけることが出来たのは家族の理解と協力の賜物と感謝し、配偶者全員を招待し、今後の更なる協力をえるため、一席を設けることになりました。
 それが恒例となって、毎年通常総会の日に全員が集い、談笑のうちにも厳しいご意見を拝聴し、現在に至っております。
00年7月設立説明会
 
 
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